熱海に住んで十五年、そろそろ第二のふる里といってもよい年数になってきた。
この熱海は私が居を移してからの変わりように眼を見張るものがある。
我が家が位置する海岸通りには、当時十二件のホテルが営業していたが、いつの間にやら消えて今は二軒のみ、小さなキッチン宿を入れても三軒、あとは時代の波に流され廃業になったのである。これは海岸通りだけの話だが、熱海全体では二百軒程の温泉旅館が廃業している。
熱海は最早温泉観光地ではなく、本格的リゾート地に生まれ変わろうとしているのだろう。立地からいってもやがてモナコのようになっていくと思う。現に十二軒のうち九軒が廃業したホテルのあとに、すでに三軒のリゾートマンションが完成している。しかも完成と同時に完売、もしくは抽選というのだから人気の程が伺われる。
我が家の左二軒隣りにあった老舗「鶴屋」のあとは三十六階建ての超高層リゾートマンションが建設中である。このような高級マンションが他に二棟が基礎工事が始まっていて、うち一棟は熱海で一番高層、42階建てになるという。ここ数年の間に海岸通りはまさにモナコの顔になるだろう。
さてこの熱海、私は大好きで、住んでよし、仕事場としても最高と自認している。ここに移った頃は未だ現役の仕事人で、新幹線で東京まで通っていた、僅か五十分足らずで、朝、目を覚ますと、眼の前に大海原が広がっている。時として太陽が反射している眩しいばかりの海面を眺めての朝の海岸でのウォーキングは、まったく日本離れした朝のひと時であった。
八年前、六十七歳でリタイヤしてからは、作家生活と講演活動を主に、現役時代とは違った熱海暮らしが始まり、更に熱海の魅力に惹かれるようになった。
我が家から数分のところにマリーナがあり、私の新しい愛艇トミーウォーカーが係留してあるので、海の散歩も勝手気儘にでき、気分によっては初島にランチを食べに向かうことしばしば、クルーザーでの食事も勿論楽しめる。
振り返ってみて、熱海に居を移してからは実に運のいいこと続きで、作家活動を開始してまだ数年というのに、既に累計250万部も売れている。講演活動も全部受けるとかできずに、お断りすることもあり心苦しい対応をしている。その他の仕事も実に順調で、多分風水の方位がよいのだろうと時折冗談をいっている。
湯川れい子さんが我が家に来た時そんな幸運な話をしたところ、「ドクターあたりまえよ。熱海という場所は聖地なんですよ。」と一言。そして昨年暮れには湯川さんも熱海に別荘を買った。
熱海暮らしが根づいている筈だが、ここ数年の間に新しい生活パターンが定着しました。そのパターンが面白いので一冊の本にまとめてはと出版社の方から話があり、来年早々に上梓することになっている。
まぁ、タイトルが全てというか、私も面白いと思っている。そのタイトルは、勿論仮のものだが「熱海に住んで週末は銀座。一ヵ月に一度は北海道」というような、三つの生活空間を移動することによっていかに脳が活性化され、生産的でクリエイティブな暮らしができるかを書いてくれというもので、私も少々気負って書き上げた。
書いていて思ったことは、熱海が私の持つ意識空間を刺激し、広げてくれる生活空間のよさ、一言でいうと地の利が大きく影響していることが分かった。生活空間を拡げていくというのが、どうも私の生き方の根底にあるのではないかと気がついた。だから熱海に暮らしの拠点はあるけれども、熱海の地だけで終わることがなかったのだろう。結局は、週末は銀座で過ごし、月に10日程は北海道別海の別荘で時間を過ごすという、いわば究極の生活空間へとたどりついたのだろう。
この三つの空間を持つ意味をまとめると次のようになる。
熱海・・・生活の拠点であり、健康上のメリットを最大限に受ける場所。仕事においては実務的な作業(アウトプット)を最も能率よく行える場所
銀座・・・文化的刺激の拠点であり、仕事においては情報収集(インプッット)、未だ欲望のエネルギーを加熱させる場所
北海道・・・思考の拠点であり、アイデアのもととなる創作業が自然な形で行える場所。
人間の自然性を最も活性させる場所。
ということになるかも知れない。
熱海大好き人間を自認する近況である。
(平成19年12月 寒海11号より転載)
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