大きな成功づくり 勝ち組遺伝子で成功

2009年01月29日

「喜寿の贈りもの」

Dr.佐藤の書き下ろしコラム
「喜寿の贈りもの」

37年前、過剰ぎみの体重を落とし、体力をつけようと始めたジョギングが、私の人生をいつの間にか、
しかも劇的に変え、幸運としか言いようのないところで77歳の喜寿の祝いを受けました。

幸運はこんな風にやってくるのかと、この正月しみじみと我が幸運な人生をかみしめ、
息子からお祝いにもらった「マッカラン30年」を嘗めていました。

ジョギングを始めて10年を過ぎた頃、身体がまるで違っていることに気づき、実感として、
ジョギングを始めた頃の身体に比べ10年は若くなっていると思い、
その若さを実証するためにスキーを始め、3~4年で上級者の仲間入りをしました。

指導にあたった先生方は50歳でスキーを始めて上級者になることは無理だと、
私の夢をしばしば砕きましたが、最終的には4年で国際スキー協会の最上級であるゴールドメダルを取りました。これを機に世界のゲレンデを滑りまくり、今にいたっています。

スキーの上級者になった頃は、ジョギングもしっかりやっていて、
会社勤めもあるから年中暗いうちに走り出して、1時間から2時間走るのが日課になっていました。
当時の私は海外に出る機会が多く、ハワイ、ロサンゼルスなどは東京と同じ気分で走っていました。
ドイツはニュルンベルグとかミュンヘンなどいくつかの都市を何度も走りました。
ヨーロッパは仕事の関係もあり、チューリッヒ、ツークなど湖のあるところの恵まれた湖畔を走る壮快感も充分味わいました。と走っているうちに、身体だけではなく50歳にして、どうも頭が若返ったというか、若くなっているのではないかと思うことが度々あり、幼稚な実験を試み確信をいだき、大学で再学習をしてみようと思い立ったのです。

再学習の大学は早稲田大学を選び、三年次の学士編入試験に挑戦することから始め、
挑戦とはいっても何の準備をすることもなくぶっつけ本番で体当たり、見事合格を果たし、
学生たちの仲間入りをして、仕事と両立させながら学業を続けたのです。

学生時代より「今の方が頭がいいな!」と実感がありました。
それもその筈、会社では役員をしていたので仕事も多忙で、学校に出席できないことも多々あり、
安酒で仲間をつくりノートを借りるといった戦法も随分使いました。
にもかかわらず二年で無事卒業、しかも優が8割超あったのですから間違いなく頭が良くなっていたのです。学生と同じ若い頭になっていたのは間違いありません。
 
学習することは想像以上に面白かった。学ぶこと自体が面白い。学生時代にはなかった感覚でした。
気がついてみれば、学習症候群という病があるとすれば、私はその病にかかっていたのです。一種の学校病みたいなものでしょう。遂に大学院修士課程、博士課程と7年間学校に通ってしまったのでした。
勿論、この間もひたすら走り続けていました。
博士課程を終えて最後の博士号を受けた頃には、自分の脳、即ち学習能力は若者たちよりはるかにいい状態であると自信がありました。
 
さて、こんな結果になる全ての原因はジョギングにあったという真実は最近の脳科学の進歩が証明してくれたのでした。

やがて作家宣言をして作家活動に入るのですが、走ること、歩くことはしっかりやっています。
人間の頭の良し悪しは海馬で決まるといっても過言ではありません。海馬は記憶の脳といわれています。この海馬は運動を続け、創造的なことに関わっていると一生発達することが証明されたのです。
私はこの恩恵をしっかり受けていたのでした。これぞまさに喜寿への贈りものでした。

脳は年をとると退化し、衰えるものとみんな思っているが、何としかるべき運動と、
創造的な活動をすることにより、死ぬまで脳を発達させられるというのだからすごいことです。
また、海馬は記憶の働きだけではなく、空間情報を処理する役割がありますので、文章を書く、旅行することなどはまさに効果的活動だと思います。

過剰体重の調整で始まったジョギングがこんな恩恵をもたらしてくれたのですから幸運としか言いようがありません。
(今はジョギングではなく歩いています。身体の代謝にはジョギングより歩く方がよいという結論に達しています)

投稿者:genbo   日時:2009年01月29日 20:27     コメント(0) | トラックバック(0)

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