実は、Dr.佐藤が写真家と呼ばれるようになりたいと思うようになったのには、
理由があります。
「1991年のことがですが、アメリカの旅行雑誌を見ていて、旧ユーゴスラビア
のドブロクニクスという、14世紀に作られた、アドレア海の真珠と呼ばれる
街に行ってみたくなり、旅行したことがあります。日本の旅行社では手順が
分からず、アメリカの旅行社に手配をしてもらい、20日間程の休暇を家内と
一緒にとって行きました。・・・」
丁度この年、日本ではキャノン「EOS-1」が発売されており、
私は、名前入りの「EOS-1」を持って旅行しました。
ドブロクニクスは、城壁のある古く美しい街で、
夕日が美しいことで知られています。
毎日街に出かけたのですが、写したいものが新鮮に目に入ってくる
20日間で、100本のフィルムを使い果たしてしまいました。
風景が異質で、その上美しいアドレア海、古城の街、
古い街々をクルーズしながら訪ねる。
まるで指先は、シャッター・プッシング・マシーンになりました。
近くの古い村にある、古いレストランの民族服での少女のサービス、
土地の料理にも特徴があり、時間がゆっくりと流れる感じでした。
家内は「平和だね。地球上にこんなにいいところがあるのね!」といい、
10年後にもう一度来てみようと提案していたものです。
ところが、この年の秋にユーゴスラビアの内戦が始まったのです。
ご存知のように、あの真珠と云われたドブロクニクスの街も爆撃、銃撃
と大きな被害を受け、いまだ復旧作業が続いている聞いています。
この内戦が起こる3ヶ月前、私はしっかりとカメラに納めました。
ドブロクニクスの旧跡、名所を初め、700年も続いている城塞内の古い
石造りのアパートなど、撮影のモチーフとしては捨ておけないものばかりで、
何点かは、小出しにしてコンテストで入選もしました。
実は、この旅行を機に写真家と呼ばれるようないい写真を撮ろう
と決心したのです。いいカメラを手にし、被写体に恵まれたからで、
自分でも驚くようないい写真ができたからです。
そして大のキャノンファンになってしまいました。